ネコノツメ編纂室

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マーク・トウェイン著「アーサー王宮廷のヤンキー」

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・内容 8

・読みやすさ 4

・おもしろさ 7

*それぞれ、10点満点中の評価。

オススメ対象者:『アメリカ』について知りたい方

 

 

 アメリカといえば何ですか、といわれたらまず真っ先になにが思い浮かぶだろうか。

 アメリカン・ドリーム、フロンティア精神、はっきりとした物言い、ジョーク、豪勢な家、パーティー、ハンバーガー、ジャズ、西部劇……

 土地であれば、西海岸、ニューヨーク、ラスベガス、ブルックリン、テキサス……

 とにかく、広大、大胆、楽観、合理的といったイメージがどこかしら漂っているように思う。どれもボンヤリとイメージはできるものの、「アメリカといえばコレ!」といった明確な表現はむずかしい。

 けれども、文学で《アメリカ》を的確に表現した小説家が存在する。

 それは、アーネスト・ヘミングウェイでもなければ、ウィリアム・フォークナーや、ポール・オースターでもない。

 本書の著者、マーク・トウェインこそ、その人物である。それはもう、後世に多大な影響をあたえた偉大な方であり、彼がアメリカ文学の方向性を決定付けたといっても過言ではない。そもそも彼なくして、上記の作家たちは生れなかったであろう。

 ロシア文学の父がゴーゴリならば、アメリカ文学の父は彼なのである。

 マーク・トウェインは、偉大な天才の書は酒であるとの格言を残す一方で、自らの書を《水》と称し、常に万人に受け入れられるものを意識していた小説家だ。そのため、作品の数々は、冒険心をくすぐるドキドキ感と大人を唸らせる諷刺が絶妙に織り交っており、子供から大人まで幅広く読める内容になっている。無邪気に読めばおもしろい冒険譚、深読みすると刺激が強い諷刺小説といったわけだ。『トム・ソーヤーの冒険』や『ハックルベリー・フィンの冒険』の書き手も彼なのであるが、読んだことのある方ならばわかるだろう。本書もむろん、例外ではない。

 

 『アーサー王宮廷のヤンキー』は彼の作品のなかでは地味なほうではあるものの、SF小説の、とくにタイムトラベル、歴史改変ものの先駆けとされており、日本の作品でいうところの、半村良の『戦国自衛隊』みたいな内容で、現代(といっても十九世紀)のアメリカ人が、アーサー王のいる六世紀イギリスに飛ばされて、そこで活躍するという物語だ。

 主人公は技師。工場の現場監督をしており、あるとき、殴り合いの喧嘩をしてしまう。相手に強烈なパンチをもらい、気を失って目覚めてみると、あら不思議! そこは六世紀のイギリスなのでした! というわけである。

 この主人公、かなりデキる男で、タイムトラベル早々、騎士に捕らえられ、処刑寸前までいくのだが、「おれを殺したら災いが降りかかるであろう」と脅し、魔法をみせる! といって群衆のまえで太陽を消してみせるのだ。実際は皆既日食の時期を計算し、ぴたりと命中させただけなのだが。まア、すぐれた科学は魔法と見分けがつかないというヤツである。そして、この男、ただでは起き上がらない。王相手に条件を提示し、国でナンバー2の地位を確保する。そこから立て続けにアーサー王の側近であり、主人公を敵対視している魔法使いマーリン(なかなかにうさんくさい)と魔法対決をする。理由はいたって単純。こそこそと陰湿に彼の評価を貶め、その権力を剥奪しようとしていたからである。マーリンは魔法を駆使し、雷雨をもたらす(主人公のような計算が見え隠れ)。主人公は科学力をもって対抗し、マーリンのように呪文を唱えるふりをし、爆薬をもって古い塔を粉微塵にする。どちらが勝ったかは明らかだろう。インパクトの強い主人公に軍配があがった。一方、マーリンの株は大暴落。うさんくさい爺になる。

 権力をしっかりと我が手中におさめた主人公は、ここからといわんばかりに本領を発揮し始める。自らをボス卿と名乗り、爆弾はもちろん、電信、電話、地図、新聞、銃、工場、野球、蓄音機、タイプライター、ミシン、蒸気船を発明。改革にも乗り出し、学校や近代産業の創設、若者への啓蒙と教育、騎士制度廃止、奴隷制度廃止、教会権力の失墜、税金制度の確立、従来あった封建制を追いやり、民主主義への移行を図る。

 そのあいだに繰り広げられる、地図製作から端を発した冒険、その旅で出会った姫とのロマンス、王と共にいくお忍び珍道中(マーク・トウェインが書いた『王子と乞食』の物語と若干かぶる)、枯れた泉の再生劇、騎士との対決……

 次第に民衆の力が強まり、民主化計画がひと段落したところで、主人公は休養旅行へ。そこへ、いままで彼に散々な目に遭われた上流階級の人間たち(魔法使い、宗教家、騎士)がここぞとばかりに反旗を翻し、情勢が一変してしまう。民主主義から封建制へと逆戻り。さらに悪いことに、上流階級の人間で唯一最後まで主人公の味方をしていたアーサー王も歴史どおり、ランスロットに謀殺される。旅行から戻り、すぐさま危急存亡に陥る主人公。内戦勃発。彼は年若い部下たちをかき集め、地雷、鉄条網、銃を用いて教会が率いる軍勢と必死に戦う。しかし、《定められた歴史》は猛威を振るって主人公たちを追い詰める。やがて深い傷を負ってしまう主人公。そして、序盤に体よくあしらわれた魔法使い、マーリンの魔の手が忍び寄るのであった。

 ここから、主人公はどうなってしまうかは読んでのお楽しみということにしておこう。

 この作品は全559ページからなる長篇小説である。物語をすべてを把握するだけでも骨が折れるだろう。ただ文字を追って、SF冒険譚として読むのも味わい方のひとつであり、よいように思う。

 だがあえて、隅々までじっくり堪能してやろうという方にいくらか要点を掻い摘んで記す。

 まずこれは誰もが疑問をもつところ。主人公は現代に戻る努力をしない。むしろ、過去に飛ばされたことに対して焦りもしなければ動揺もしない。《当たり前》のように捉え、すぐに順応し、よりよい社会、それこそ自分がいた《十九世紀のアメリカのようにしてやろう》と乗り出す。これがひとつではなかろうか。フロンティア精神という要素が見受けられる。同時に、「自分がいた世界=誰もが快適と思える世界」と解釈しているあたり、独善的傾向もみられる。

 つぎに、文化伝統よりも合理的政策を優先させるところ。六世紀イギリスは封建制に凝り固まり、ある意味で伝統に重点をおいた社会が形成されている。しかしながら、主人公は自らの《善悪》の秤にかけ、それが悪しき風習であれば徹底的に潰し、善いと思われる政策にすりかえている。「世の中をよりよくするため」という大義名分のもと、主人公は悪気なくやっているが、はたしてこれはイギリス人にとって必ずしも幸せな結果を導くだろうか。現に終盤で《伝統の力》に押し戻され、主人公は悲劇に見舞われた。伝統というものの重要性をうまく感じ取れていないという点もまた、歴史の浅さからくる国民的性格といえなくもない。

 さいごに、「主人公」の存在である。

 「主人公」には名前がない。しかしながら、ウィキペディアではハンク・モーガンという名になっていた。よもや読み忘れかと不安になって本書をさらりと再読したが明記されていなかったので、本稿では、主人公には名前がないということで話をすすめる。

 なぜ作中で一度も名前が登場しないのか。名前といってもアダナの「ボス卿」のみ。どういうことか。それは「主人公」が、どのアメリカ人にも当てはまる存在だからではないだろうか。一見、すごく個性が際立っているようにみえてその実、どこまでも「アメリカ的気質」を備えた主人公は、読者の誰(本国の方々)もが自分であるかのような錯覚、身近にいるような錯覚を受けやすいかと推測する。その錯覚を、より確実なものにするためにマーク・トウェインが名を記さなかったのではないだろうか。

 くわえて、おもしろいのが、マーク・トウェインが「主人公」を実在の人物として扱っているところである。はじめの部分と終わりの部分、マーク・トウェイン本人が登場し、「主人公」との出会いと交流が簡単に綴られている。そして、実際にこんな男にあってユニークな手記を渡されたので、それをもとに小説を書きましたという姿勢をとっているのだ。これはあくまでフィクションではない。「現実にいる者」なのだ、というわけである。そうすることによって、マーク・トウェインは、どこにでもいる「アメリカ人」を強調し、同時に物語をとおして主人公の個性を消していき、「アメリカの象徴たる人物」として浮かびあがらせるように仕組んだように考える。

 ほかにも、アメリカを生んだイギリスを舞台とするところも注目すべきところである。ラスト間近の内戦にて、主人公と部下の少年の会話も国家観が滲み出ているようで、うまい。

「ぼくたちは、ぼくたちが何であるかということを忘れようと努めました――イギリスの少年だということをです! ぼくたちは理性を感情より前に置こうと努めました。義務を愛情より前に置こうと努めました。ぼくたちの頭はそれに賛成しますが、胸はぼくたちを非難するのです。明らかに、これが貴族だけ、地主階級だけ、最近の戦いで生き残った二万五千ないし三万の騎士だけだというのならば、ぼくたちも一つの心でいられますし、どんな難問にも心を悩ますことはありません。今あなたの目の前に立っているこの五十二名の若者が一人一人こう言うでしょう『これは奴らが望んだことだ――目に物をみせてくれん』と。しかしお考えください! 事情が変わったのです――イギリス全土がぼくたちに向かって進軍してくるのです! ああ、どうかお考えください! 熟考なさってください! ――これらの人たちは、ぼくらと同じ国の人たちなのです。ぼくたちの骨の骨、肉の肉なのです。ぼくたちはこの人たちを愛しているのです――どうか、ぼくたちの国を滅ぼせなぞおっしゃらないでください!」

  話に重厚感があり、起伏に富んでいるので終始楽しんで読めるだろう。ただ、社会のしくみが多々登場し、それが物語をやや間延びさせている。冗長感は否めない。大人向け要素が強い作品であるといえよう。